2020年度 主題聖句

 

使徒パウロは、クリスチャンの生き方について、そのきわめて重要な基本を記しています。クリスチャンは誰ひとりとして自分のために生きてはならないと明言しています。そして、クリスチャンは生きるにしても死ぬにしても「主のもの」であると力強く語っています(8節後半)。

 

救い主イエス・キリストの十字架の死は、成り行き任せの出来事や偶然の産物などではありません。救い主イエス・キリストは、わたしたちの罪を贖うために、御自身の命をわたしたちの贖いの代価として死に渡されました。そして、その3日目に復活されました。これは、大切な独り子である救い主イエス・キリストをこの世に送ってくださった主なる神の御心です。

 

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハ3:16)

 

救い主イエス・キリストを信じて受け入れて以来、わたしたちは、救い主イエス・キリストに属しています。救い主イエス・キリストによって新しく創り変えられたわたしたちは、もはや自分自身のものではありません。救い主イエス・キリストの体・弟子となったわたしたちは、自己中心的かつ利己的な生き方から解き放たれています。大切なのは、いかにして救い主イエス・キリストにおいて生きていくのかということです。いかにして救い主イエス・キリストのために生きていくのかということです。

 

その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。(二コリ5:15)

 

どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。(フィリ1:20~21)

 

主なる神のたしかな目的と理由によって、1974年10月27日、長岡京教会は産声をあげました。いま、創立46年目の歩みと働きをなしています。わたしたちは、救い主イエス・キリストを唯一の頭・かなめ石と告白しつづける信仰の群れです。いかなるときも救い主イエス・キリストを中心・礎とし、自分自身のすべてを救い主イエス・キリストに献げていきましょう。このために、聖霊の充満と助けを祈り求めながら、たがいに切磋琢磨していきましょう。

 

シャローム!

Updated on Nov. 28, 2020

            主 の 祈 り ≫

 天にまします我らの父よ、
 ねがわくはみ名をあがめさせ
 たまえ。
 み国をらせたまえ。
 みこころの天になるごとく地にも
 なさせたまえ。
 我ら日用を、今日も与え
 たまえ。
 我らに罪をおかす者を我らが
 赦すごとく、我らの罪をもゆるし
 たまえ。
 我らをこころみにあわせず、
 悪より救い出したまえ。
 国とちからと栄えとは限りなく
 なんじのものなればなり。
             アーメン。

           ≪ 使 徒 信 条 ≫

 わたしは、天地の造り主、全能の
 父である神を信じます。

 わたしは そのひとりご、わたし

 たちの主、イエス・キリストを

 信じます。
 主は聖霊によってやどり、おとめ
 マリアから生まれ、ポンテオ・
 ピラトのもとで苦しみを受け、
 十字架につけられ、死んで葬られ、
 よみにくだり、3日目に死人の
 うちからよみがえり、天にのぼられ
 ました。そして全能の父である神の

 右に座しておられます。そこから

 こられて、生きている者と死んで

 いる者とをさばかれます。
 わたしは聖霊を信じます。きよい

 公同の教会、聖徒の交わり、罪の

 ゆるし、からだのよみがえり、
 永遠のいのちを信じます。

             アーメン。